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エドマンド・バーク

エドマンド・バークを長い長い逡巡の末、最近読んでみた。ただし、「新訳 フランス革命省察―「保守主義の父」かく語りき」(佐藤健志PHP 2011年)による。逡巡していたのは、少数の例外を除いて、これまで読んだほとんどの著書でこのバークを「とんでもサン」のように扱っていたから。例外はたとえば西部邁(すすむ)がいる。

しかし、革命や民主主義について最近いろいろと思うところあり、その流れでフランス革命に興味がいきついた。確かに、ルイ16世やマリー・アントワネットギロチンにかけたのは残酷でひどいじゃないか、また、学校で習ったときは抵抗を覚えつつも素通りした、ロベスピエールジャコバン恐怖政治、そしてロベスピエール自体もギロチンにかけられたフランス革命の成り行きは、あらためてとても肯定できるものではない、と思うようになった。現在なら国際人権裁判所matterか?

なんでこんなことになったのか、何が起こっていたのだろう、他の道はなかったのか?と考えて、2冊読んだ。(たった2冊か!)1冊はバーク、もう1冊は、遅塚忠躬著「フランス革命―歴史における劇薬 (岩波ジュニア新書)」(岩波 1997年).

バークの本は「とんでも本」ではなかった。それどころか、落ち着いた説得力のある意を尽くした著書であった。バークは実はイギリスのベテラン政治家で、国家の責任ある運営の意義と方法を熟知した人間であった。その観点から、具体的にフランスで行われている「改革」を危なっかしい、バランスを欠いた、したがって無責任なものであり、失敗が約束されているものとして批判している。この書はバスティーユ襲撃から1年ほどの時期、ルイ16世夫妻のギロチン処刑以前に書かれている。それにも関わらず、ことの成り行きを正確に予見し、軍事独裁に至らざるを得ないだろう、という展望も述べている。実際、フランス革命ナポレオン軍事独裁に至って一応の収束をみた。

感想:どこかで読んで気になっていたが、結局、J.J.ルソーの思想が問題だったのではないだろうか?昔、ルソーの自伝をちょっと読んだことがあるが、とてもいやなやつだった。自分勝手、好色、自頭はよくて「ああ言えばこう言う」タイプの頑固で決して負けない人間。こういう人が構成した理想の社会のあり方というのはどこかオカシイところがあっても不思議ではない。

戦後民主主義の社会では、ルソーは社会の理想を最初に明らかにした独創的で偉大な思想家として扱われてきた。私もそう思っていた。実際、桑原武男に指導された戦後人文研の共同研究は「ルソー研究」から始まったのではなかったか?(「百科全書学派」、あるいは「フランス革命」研究が最初だったかもしれない。)実は、桑原武男を若いころ敬愛していて、彼の著作はかなり読んだ。数年前、彼の家を自転車で確認しにいった。彼も時代の制約を受けた学者であった、ということか。