「カルテット」を垣間見ての感想

TBSテレビドラマ「カルテット」の最終回。最後の方で音楽に挫折した聴衆からの手紙が読み上げられる。君たちの演奏はひどい、揃ってない、ボーイングが一致していない、、、要するに音楽ではない、煙突から出る煙りのような何の意味もない排出物である。それなのに、煙突の煙(を出す者)でしかない君たちはなぜそのような無意味で無価値な演奏を続けるのか?、というような内容だった。これは深い問いかけだ、と思った。我々は演奏家ではないけれど、我々の生そのものが煙突の煙ではないのか?なのになぜ生き続けるのか?よりよい生を求めて日々あくせくしているのか?

ドラマでは「煙突の煙(を出すもの)」でしかない「ドーナッツの穴」の面々からの直接の返答はなかった。しかし、彼らカルテットの名前「ドーナッツの穴」そのものが「煙突の煙」のようなもので、この名前の採用の段階ですでに「手紙」の批判への回答、いや、覚悟のようなものが表現されていたのかもしれない。