物理屋の不定期ブログ

読書感想を中心とした雑多な内容のブログ。拙著「量子力学」に関係した記事も含む。

量子力学と古典力学における時間反転の微妙な違い

量子力学においてもニュートン力学と同様時間反転不変性が成り立つ。古典力学ではニュートン運動方程式が時間について2階なのでt-->-tの変換に対して不変である。これは次のことを意味する:

A) r(t)が解(自然界に実現する)なら、r_{rev}(t)=r(-t)も解であり、自然界 

 で実現される。

古典力学ではさらに次の事実が成り立っている:

B)  初期条件r_i=r(0)、v_i=v(0)の 解がr(t)であるとする。その解の時刻Tでの

 位置r(T)と反転した速度v(-T)を初期条件とするニュートンの方程式の解の

 時刻Tでの解は初期の位置r_iおよび初期速度を反転させたものである。 要するに、運動をビデオに撮ってフィルムを逆転させても、そのまま自然界に実現する運動であり、違和感を持たない。 

一方、量子力学では上記A)が成り立つように時間反転(変換)を定義することができるが、初期条件の関わるB)は成り立たない。時間反転はt---> -tと複素共役、スピンを含む場合はスピンのz軸を180度(たとえば、y軸回りに)回転する変換の組み合わせで実現できる(シュレーディンガー方程式は不変になる)。ところが、たとえば、x=0に局在した運動量p(>0)を持つガウス波束を初期条件として時間に依存したシュレーディンガー方程式の解を求める問題を考える。これは初等量子力学のよい練習問題で、解は幅が大きくなりながらxの正方向に進むガウス波束になる。それでは、時刻Tだけ経過したそのガウス波束を時間反転した状態を初期状態としたとき、時間に依存するシュレーディンガー方程式の解は、最初の局在したガウス波束(ただし、運動量の向きは逆)になるだろうか?ならない。波束の幅がどんどん狭くなって局在化が進むということは起こらない。

 このように、量子力学古典力学では初期条件を考慮に入れると時間反転の性質に大きい違いがある。状態の準備過程が重要な意味を持つ量子力学における始状態と終状態の非対称性である。この非対称性のことはペレスの教科書(A. Peres; `Quantum Theory: Concepts and Metods', Kruwer Academic Pub., 1995)で例を用いず一般的に指摘されている。上記の初等的な例を基礎とする敷衍した解説は拙著「量子力学」(東京図書)に与えられている。