物理屋の不定期ブログ

読書感想を中心とした雑多な内容のブログ。拙著「量子力学」に関係した記事も含む。

50年前の松山東高校創立記念行事:大江健三郎と喜安善一氏の想い出

母校とその前身の旧制中学校からは、正岡子規高浜虚子などの俳人や小説家の大江健三郎が出ている。伊予はどういうわけか文弱の土地である。四国の中で唯一総理大臣が出ていない。政治のような硬派なことは苦手なのである。


 私が高校1年生のとき、旧制中学創立から数えて創立90周年を迎えていた(どういう数え方をしたのか知らない。元は明教館という藩校らしいが、その創立から数えたのではないらしい。数えると創立100年を超えていた。)。その90周年記念の行事として、OB2人の講演会が体育館であった。(以下の内容は、以前大江健三郎と尾崎真理子さんのことを書いた記事といささかオーバラップがあります。)

 一人はその大江健三郎(33歳)、もう一人は(当時は)年配に見えた喜安善市(52−3歳)。
 大江健三郎のことは小説家として知っていたが、もう一人の喜安善市さんはどれだけ偉い人なのか分からなかった。実は最近まで存じ上げなかった。インターネットというものがあるので調べてみたら、日本で最初に制作された計算機MUSASINO-1の制作責任者だった。その他電子通信計算機関係の数多くの業績を顕彰して今や日本電子情報通信学会には喜安善市賞というものまである。確かに、大江健三郎と並び得る業績の持ち主だった。
 うううむ。残念ながら明らかに格が違う。少しでもこれら先輩に近づくように今からでももう少しがんばろう!もう遅いような気もするが。

 ちなみに、大江健三郎は確か「わが内なる子規」、というような講演をぼそぼそとやっていた。内容一切分からなかった。下向いてしゃべるのでまず聞き取れない。その講演は後でどこかに出版するらしく学校の発行している雑誌にのらなかった。その代わり、1年上級生の蒲池美鶴という伝説の秀才が内容の概略と感想を書いたものが出た。この人はその後、シェークスピア学者になって、京大の助教授、立教大学の教授を経て、現在、同を名誉教授である(2000年 『シェイクスピアアナモルフォーズ』でサントリー学芸賞受賞)

 大江の「わが内なる子規」はその後独立したエッセーとして出版されて、彼の分厚いエッセー集に収録された。それは大学に入って読んだ。読んだ記憶はあるが、内容は何も覚えていない。
 一方、喜安善市の話は内容どころか題も覚えていない。ただ、大江健三郎と違って、遠慮することなく上を向いて大きな声でしゃべっていた。講演後、担任の教師がぽろっと言ったのは、「言いたいこと言っていたなあ。あれだけの人になると怖いものが何もないんだな。」というようなことだった。喜安善市という人がどれほど偉いか知らないこちらはその教師に賛同しようもなく、むしろその教師らしくない率直な反感の表明にショックを受けていまだに覚えている。