物理屋の不定期ブログ

読書感想を中心とした雑多な内容のブログ。拙著「量子力学」に関係した記事も含む。

くりこみ群法と包絡線:最近のStrogatzのYouTube講義

驚いたことに、ごく最近、著名な応用数学者でベストセラー作家でもある米国コーネル大教授のSteven Storogatz氏のYouTubeでの人気講義で私の1995年の論文

Geometrical Formulation of the Renormalization Group Method for Global Analysis | Progress of Theoretical Physics | Oxford Academic

が講義時間の大半を使って紹介、解説された(4分25秒あたりから):

https://www.youtube.com/watch?v=6JN-DJuSFUY

 

これは、旧知の米国イリノイ大のNigel Goldenfeld教授のtwitterリツイートを通じて知った。(彼とはお互いフォローしあっている。)

 

Strogatzの講義は「Renormalization and envelopes (くりこみと包絡線)」となっているが、Goldenfeldも注意しているように、正確には

       「くりこみ群と包絡線」

とすべきだ。そして、応用数学でよく使われる漸近解析に物理の「くりこみ群」の概念/方法が有用であることを示したのが、1994/1995年に発表されたイリノイグループ(Chen, Goldenfeld and Oono(大野: CGO)の仕事である。

 

 忘れもしない、この論文の内容は1994年の年末、当時京都大学の蔵本研でポスドクをしていたGlenn Paquetteさんの龍谷大学瀬田キャンパスでの瀬田セミナーで初めて聴いた。世話係は小林亮さんだったと思う。ちなみに、小林さんはその後、北大、広大と移り、その間2回もイグノーベル賞を取っている天才。現在広大教授。

 驚いたことは、扱っている題材はごく簡単な微分方程式で、それを摂動論で近似解を求めるのだが、肝心のところでくりこみ群関係の物理用語を使う(have recourse to the notion of renormalization groups)。これが分からない。結果は、マジックのような、摂動展開の総和がされていて、大域的に振る舞いのよい近似解になっている。

 セミナー参加者は、理論物理の私を除くと、山口昌哉教授はじめみんな微分方程式の専門家ばかり(四ツ谷昌二、森田善久、岡宏枝、高橋大輔小林亮松木平淳太等々)。しかし、セミナー参加者の誰一人として、セミナーの内容が理解できなかった。私も、理論物理を勉強したものとして、微分方程式もくりこみ群も一通りのことは理解しているつもりだった。しかし、それを「組み合わせて」いるらしい、Glennの話の内容は全く理解不能だった。いわゆる「きつねにつままれた」とはことのことか、と思った。たいへんなストレス。

 翌年2月、大学入試が終わって1か月ほど自由な時間ができたので、RG法は一体なにをやっているのか理解してみようと思った。私の観点は、扱っているのは微分方程式という純粋な数学(解析)の問題なので、物理に頼らず、数学のことばで理解できるはずだ、ということである。つまり、彼らが「くりこみ群法」として行っている処方箋が数学としては何をやっているのかを暴き出そう、ということであった。

 簡単な例で「遊んで」、まず、彼らの処方箋のshort cutを見つけた。つまり、「中間スケール」μを導入して行う「くりこみ」は不必要である。すると、数学的内容が透明になったような気がした。そして、しばらくグラフを描いて考えていると、

  くりこみ群操作は包絡線を構成しているようだ!

と気が付いた。包絡線の理論は1回生のとき高木貞治「解析概論」(岩波書店)で勉強していて微かに記憶していた。あわてて、その箇所を覗いてみると、

くりこみ群方程式は包絡線方程式と同じ形をしている!

ということに気が付いた。人生で2度目の大きな興奮だった。

(もう一つは、場の理論で「真空の相転移」、つまり、「対称性の自発的破れ」を記述するのに使われる「有効ポテンシャル(Effective Potential)」が、1-loopでは自己無撞着平均場理論(Hartre-Bogoliubov 近似)で計算した真空のエネルギーに他ならないことに気が付いたとき。1983年3月10日ごろのことだった。対称性を破るような「異常な」平均場があるときの基底状態のエネルギーはπ凝縮の問題でいやというほど計算していた。その発見とこれまでのπ凝縮研究の経験がもととなって、Hさんとの共同研究が始まり、1994年のPhysics Reportsとなった:https://doi.org/10.1016/0370-1573(94)90022-1 これは幸運なことに今もよく引用されている。

 場の理論のくりこみ群による摂動論の「改善」もこの包絡線の概念で理解できることがすぐ分かった。この当時は、1994年のreviewを出版し終えたころであるから、場の理論のeffective potentialの扱いは慣れていた。

 しかし、こんな簡単な事実は世界中の誰もが知っているのかもしれない、と思い、手当たり次第、場の量子論の文献を漁ったが「包絡線」に言及したものはなかった。

 1995年、3月に物理学会年会が(確か、神奈川大で)あった。学会で九後さんが一人でいるところを見つけ、RG=envelopesのアイデアを述べ、知られていることかどうか、尋ねた。九後さんの答えは「知らない。初耳。」、ということだった。嬉しかった。すぐにでも論文を書きたかったが、興奮して作業に入れない。新学期が始まり講義で忙しくなった。高ぶって書き出せないのと書かないとこんな明白なことは世界の誰かがもう気が付いて論文を書いているかもしれない、とう焦りが拮抗した5月中旬、拙速でもよし、と開きなおり1週間で書いて投稿したのが上で引用した1995年Progress of Theoretical Physics 94に載った論文である(実際、拙速なのだが):https://doi.org/10.1143/PTP.94.503

イリノイCGOの論文では専ら微分方程式だけを扱っているが、この1995年のPTP論文では、最後のところで(量子)場の理論の有効ポテンシャルの改善がくりこみ点をパラメータとする曲線群の包絡線の構成として理解できることも示されている。

 ただし、残念で恥ずかしいことに、§4.1は間違った記述がある。Steven Strogatzの指摘で気が付いた。図および最終結論は正しいのだが、途中に正当化できない式の変形がある。ノートから論文にするときに、CGOの読者の便を考えて(私には複雑で使いこなせてなかった)CGOの処方箋を部分的に使ったために却って間違った式を書いてしまったようだ。今書いているモノグラフでは純粋な私の方法/処方箋で解説しているので混乱のもとはなくなっている。

(1) 一番すっきりする定式化/処方箋は時間微分について1階のベクトル方程式に直して、独立解の定義をベクトル空間の線型独立性として表現する方法である。これは私の1997年のProgressの論文(https://doi.org/10.1143/PTP.97.179)と

2000年のEi-Fujii-Kunihiro(https://doi.org/10.1006/aphy.1999.5989)でやっている。

(2) ベクトル表現を使わないでRG/envelope 方程式から独立な1階の方程式を導く「思想」もある。それは蔵本由紀氏(Prog. Theor. Phys. Suppl. 99 (1989), 244)による「縮約原理」である。縮約される方程式の簡単さと解の表現(不変多様体の表現)はトレードオフの関係にあり、縮約方程式の導出は必然的に曖昧さを伴うが、「縮約原理」は縮約方程式ができるだけ簡単になるように方程式と不変多様体を選ぶ、というものである。(2021年5月23日追記)