物理屋の不定期ブログ

読書感想を中心とした雑多な内容のブログ。拙著「量子力学」に関係した記事も含む。

モノグラフ「くりこみ群法 の幾何学的定式化---流体方程式導出への応用を含む」(Springer,2022)の内容紹介

link.springer.com

                -with applications to derivation of causal fluid dynamics'

by Teiji Kunihiro, Yuta Kikuchi and Kyosuke Tsumura (Springer, April 1, 2022)

         

                                      [前書き]を基に内容を紹介する。

 このモノグラフの大きな目的は2つである。1つは、いわゆる「くりこみ群法(RG法)」とその拡張である二重項形式(doublet sheme)を幾何学的観点から包括的に説明し、様々な例を挙げて説明することである。第2は、その応用として、RG法に基づいて開発された二重項形式の2次の(因果律を満たす)流体力学の導出である:相対論的および非相対論的なボルツマン方程式から、因果律を満たす流体力学が輸送係数および緩和時間の微視的の表式を含めて導かれている。本書の内容は、いくつかの一般的総説と著者らのオリジナルな研究を基にした部分からなる。
 RG法とは、微分方程式の大域的・漸近的解析法であり、30年ほど前に米国イリノイ大のグループなどによって開発された。本書では、この方法が初等微分幾何学の概念である包絡線の理論に基づいて純粋に数学的な枠組みで定式化し解説されている。特に、RG 法が系の漸近的なゆっくりした時間発展を記述する透明で強力な方法を自然に与えることが強調されている:不変・吸引多様体の構築とその上で定義されたゆっくりした変数に対する還約された発展方程式がRG法により初等的且つ明示的に構成できる。それは、非線形振動子に対するクリロフ・ボゴリューボフ・ミトロポリスキー理論や、蔵本の縮約理論などの基礎付けにもなっていることが注意されている。

 扱われる例としてランジュバン方程式やフォッカー-プランク方程式のような確率方程式も含まれているが、著者の一人と松木平淳太によって定式化されたRG法の離散系への適用の解説は、他の部分と直接的な関係がないこととすでに本書が長大になっていることのために割愛されている。この部分は将来公表する機会があることが期待される。

 摂動論に基づく通常の縮約理論は, 無摂動方程式の線形演算子のゼロモードを利用する。しかし、いわゆる因果律を満たす2次の流体力学の導出では、与えられた系のメゾスコピックダイナミクスを取り入れる必要がある。たとえば、ボルツマン方程式から導出する場合、流速や温度、密度などの通常の流体変数からなる不変多様体を拡張し、適切な励起モードを縮約方程式の独立変数として取り込む必要がある。このモノグラフではまず、与えられた微視的方程式から適切な励起モードを含むメゾスコピックダイナミクスを構築するための一般的な縮約理論がRG方程式の拡張として定式化されている。この方法は二重項形式(doublet scheme)と呼ばれる。

 二重項形式に基づく因果律を満たす流体力学の導出は第二部で解説されている。こうして得られた流体力学方程式はエネルギーフレーム(ランダウ-リフシッツフレーム)に一意に決まる。さらに、輸送係数や緩和時間の微視的な表式が明示的に与えられている。それらは、輸送係数のKubo公式およびそれらを自然に拡張した形になっており、物理的に自然な解釈ができる。非相対論的領域での流体力学を超えたメゾスコピックダイナミクスの導出はフェルミオンからなる冷却原子に対しても行われている。
 本書は、これらの輸送係数や緩和時間の詳細な数値解析も行っており、その精確で効率的な数値計算法も提供されている。具体的には、二重指数積分公式と直接行列反転法が用いられている。非相対論的な量子系に対する数値計算では緩和時間近似の妥当性についても批判的に検証されている。
 

 本書は、少なくともRG法一般を解説している前半部分は、できるだけ教育的であることを意図して書かれており、物理学のRG理論に馴染みのない研究者だけでなく、線形微分方程式線形代数などの入門的な数学的素養のある人なら困難なく理解できるであろう。したがって、意欲的な学部学生にも少なくとも「くりこみ群法」を紹介している前半部分は理解可能のはずである。                   [以上]