ビルの端を染めて始まる冬一日 三浦亜紀子 p.9
冬の早朝、日の出間もない朝日がビルの端を明るく照らしている美しい景。
忘らるる木陰に石蕗の花明り 宮口喜代子 p.11
普段なら見過ごしてしまう薄暗い木陰に明るく黄色い石蕗の花が咲いて鮮やかだ。
廃線の径真っ直ぐに鬼やんま 原田清正 p.11
真っ直ぐという力強さと鬼やんまの大きくふてぶてしい強さ。それらは何を表現しているのか明確に把握しきれていないのだが、何かしら深い詩情を感じる。
月の蝕見てゐる穴の小啄木鳥かな 山下誠子 p.13
月食で欠けた黒い「穴」と小啄木鳥がそこから顔をのぞかせている巣穴。無生物と生物の違いはあれ、この世に存在するものとして共鳴しあっている。掲句の措辞「穴」は一見余分に感じるが実は画竜中の点睛であると思う。つまり、月食の欠けた暗い部分がそのまま小啄木鳥の暗い巣穴に繋がっており、そこから小啄木鳥が顔を出しているのだ。幻想的でシュールレアリスムの詩、と解釈できるかもしれない。
神立ちて月の食はるる熊襲郷 北山秀明 p.13
月食という天体現象に熊襲がいた太古から続く悠久の時間を思っている。
屋久猿のボスの座したる古酒の樽 北山秀明 p.13
古酒とボス猿がよく呼応している。。
寄鍋の隙間を泳ぐ海葡萄 北山秀明 p.13
熱せられた鍋の中の海葡萄の房があたかも生き物のように鍋の中を漂っているという、何気ない光景を面白がっている。俳味のある句。
年惜しむ展望風呂に海のぞみ 山本美知子 p.18
いろいろとあった一年だったが、年末に展望風呂でゆったりとくつろいでいる。海の広さがゆったりとした気持ちに呼応している。
一歩づつ踏絵のやうに落花ふむ 山本美知子 p.19
地上に落ちた花を踏むことに感じるうしろめたさ、いや罪悪感を「踏み絵をふむよう」と表現した。
赤とんぼ一寸の赤夕日追ひ 山下喜子 p.20
赤とんぼを「一寸の赤」と表現した大胆さと独創性が素晴らしい。あたかも夕日の赤を一筋削り取った!ような赤。
リタイアの秋意にひらふ鳩の羽 山下喜子 p.21
リタイアしたものの揺れる気持ちが季語「秋意」と「ひらふ」という措辞によく表現され、一つの詩の世界立ち上がっている。
つたへ持つ西行和綴じ淑気満つ 山下喜子 p.21
芭蕉も尊敬して止まなかった大歌人西行の和綴じ本を伝承され保持しているのだということから自覚される詩人として選ばれているかも知れないという予感と喜び。「満つる」のはその淑気だけではなくこれからも臆することなくもっと「詩」を作っていこうという身体の奥から自ずと沸き起こる気力でもあるのだ。
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