たまたま岩波書店編集部編「私の漱石---「「漱石全集」」月報精選」を読む機会があり、その中に1994年11月に発表された河合隼雄「漱石と女性像」があった。漱石の作品を残らず読んだという河合はその惹かれた理由を分析して、それは漱石の描く女性像の変遷の魅力であるという。この「漱石の描く女性の魅力」という言葉に私はすぐ大江健三郎も漱石の女性の描き方が時代を超えて魅力的である、というようなことを言っていたのを思い出した。調べるとそれは、1992年の「NHK人間大学 文学再入門]第5回のことであった。(朝日文芸文庫「小説の経験」に再録。)
大江は、漱石の根本的新しさ、いつまでも古びない問題性は彼の小説のなかに描かれている女性像に表れているという。そして、漱石の女性像を見ることで、日本のモダンとポスト・モダンを具体的に確かめる手がかりが得られるだろうと。大江は例として「行人」を取り上げている。まず、一郎と二郎という兄弟の対比により、日本のモダンを形成するふたつの人間のタイプを描いている:一郎が味わっているのは、近代の、モダンの日本で生きる知識人の苦しみである。一方、弟の二郎はできるだけ兄の苦しみには深入りしないで近代日本を実際的に生きようとしている。これに対して、一郎夫人、二郎の嫂お直は日本の近代社会の人間という枠組みから自由であり、つまりは、日本のポスト・モダンを考えるのに確かな手段を提供している:一郎は妻のお直を疑っていて、弟の二郎に確かめさせようとする。二人は関西の避暑地から和歌山まで旅行し、二郎は嫂と旅館の一つ部屋に泊まるはめになる。暴風雨で停電した部屋での場面など、女性の側からのエロティックな挑発さえ描かれている。
「あら本当よ二郎さん。中略。大水にさらわれるとか、雷火に打たれるとか、猛烈で一息な死に方がしたいんですもの。」
「妾の方が貴方よりどの位落ち着いているか知れやしない。大抵の男は意気地なしね、いざとなると。」
お直のなかには異様に力強い独自のねがいがある、それが漱石の時代の一般的な風潮をくつがえして実現をみるということはなかった。実際、お直の台詞:
「男は厭になりさえすれば二郎さんみたいに何処へでも飛んで行けるけれども、女はそうは行きませんから。妾なんか丁度親の手で植付けられた鉢植のようなもので一遍植えられたが最後、誰か来て動かして呉れない以上、とても動けやしません。凝としているだけです。立枯になるまで凝としているより外に仕方がないんですもの」
しかし、ここまで書かれているところだけでも、潜在的な力として日本のモダンを超え、ポスト・モダンに接近している、と大江は評価している。
河合は、「草枕」や「三四郎」に出てくる不可解な女性像から変化して最後の「明暗」では「則天去私」との関連が感じられるほどの理想像である、という。ここで、河合は漱石は当時の知識人と比較してよりヨーロッパ文化に接し西洋の魂に魅せられていたのではないかと仮説を立てる。彼の専門であるユングによると、男性にとって魂は女性の姿をとって顕現してくる、すなわち、女性はアニマ・イメージのキャリヤーであることが多いらしい(Google AIによると、ユングのアニマとは男性の無意識のなかに存在する女性性であり、感情や創造性、魂との繋がりを司る存在)、そしてつまり、と河合は言う、女性のことを語るのは男性にとって魂のことを語ることなのである。
「西洋のロマン派の作品が、アニマ像に対する激しい憧れと、合一に至るまでの苦しみや葛藤、戦いなどに焦点を当てるのに対して、「「門」」に至っては、むしろ合一の後の居心地の悪さの方に焦点が向けられている。」
これは西洋文化になじんだ末の漱石自身の不安、居心地の悪さの表現ではないか、しかし、最後の「「明暗」」の清子は漱石が晩年に到達した「則天去私」の心境の象徴ではないか、という。
河合のユング心理学による解釈を知った後では、「行人」のお直の願いは西洋近代を超えようとする漱石の魂の叫びを表現していたのかも知れない、と想像される。