最近集中して生物学/生理医学関係の本を読んでいる。感想はもう少し読書を続けて理解がまとまってきたころに書くことにして、ここでは読んだ本を記録しておく。
1. 福岡伸一関係
「生物と無生物の間」(講談社現代新書、2007)
「動的平衡 1,2,3」
「最後の講義」
著者は「トポロジー」とか「動的的平衡」とかの概念を好んで使用している。著者の数理科学の素養が感じられる。実際、最近は「動的平衡」の数理モデルを独自に構成して研究しているようだ。動的平衡(Dynamical equilibrium)は非平衡統計物理学でよく研究されている課題である。
「エピジェネティクス」の概念も使われているが、そこでの簡単な解説だけで何となく分かったような気になる。後に紹介する仲野徹の解説書では、具体的な物質(タンパク質など)を基盤としたより詳細な幾何学的説明が与えられている。
2.E.シュレーディンガー「生命とは何か」(岩波新書 72)一部再読。
膨大な数の分子で生物が構成されていること分子が量子力学に従い、
エネルギーギャップがあることが生物の安定性の原因。福岡伸一の本では、
よくこのシュレーディンガーの本が引用されているが、
そこでは「大数」への言及はあるが、量子力学への言及はない。
幹細胞生成法としてiPSに集中しES細胞の使用を排撃することの
理不尽、不合理。iPS細胞由来の幹細胞を再生医療に使うことの
困難。生殖細胞よりも体制細胞はエピジェネティクスの装飾を多分に
受けている。iPSの応用として創薬には有用かもしれない。しかし、iPS研究は
多額の研究費をつぎ込み過ぎているので、薬ができたとしても(多分、何億円とか?の)莫大な値段にならざるを得ない可能性が高い。
前半は何とか読める。(中辻の本にも言えるが)全体として漢字の連なる専門用語を自由に使用した解説。この分野を学習することになっている学生には適当な参考書なのかもしれないが、一般向けとしてはしんどい。最後の3分の1は、誠実に大風呂敷を広げない見解と展望。したがって、「...まだ分からない」とか「かもしれないしでないかもしれない」、という言説が続く。
5. 宮沢孝幸「京大おどろきのウィルス学講義」 (PHP新書)
まず、最初の衝撃はレトロウィルスのこと。普通(central dogmaで)は、
DNA--> RNA--->タンパク質形成。
レトロ(逆)ウイルスは逆転写酵素形成配列を持っていて、
上の向きを逆転した
の過程を引き起こす。
日沼頼夫、高月清、三好勇夫らが成人T細胞白血病の原因があるレトロウィルスであることを明らかにした。(1982)
これは、エイズの原因がレトロウィルス(HIV)であることを明らかにした
L.モンタニエ(1983)より早い。モンタニエはこの業績でノーベル賞を受賞したが、
本来なら日沼を同時受賞をすべきだった。
6.多田富雄:免疫・「自己」と「非自己」の科学 (NHKブックス,2001)
7.審良静男、黒崎知博「新しい免疫入門 自然免疫から自然炎症まで」
(ブルーバックス,2021第14刷)
6.では受精卵からの生命の発生過程においてどう「自己」が形成され、それがどのように個体の免疫システムの基盤になっているか、そして利根川進の研究業績はその免疫機能においてどのように本質的役割を果たしているかなどが、格調高い文章で解説されている。
7.では副題の通り、免疫と炎症が同じ機能の異なる現象形態である、という最近の研究成果が物質を基盤にして具体的に説明されている。しかしながら、文章が少し「ゆるく」、クダケスギの感あり。それは、逆に文章を曖昧にし論理的な十全な把握を妨げている。6.は学者の文章、7.は研究者の文章、というべきか?
8.森和俊「細胞の中の分子生物学 最新・生命科学入門」(ブルーバックス、2016)
京大で長年行ってきた非専門家向け講義をまとめたもの。まだ読み始めたところだが、明示的な分子構造を基礎に解説されていて、化学をある程度収めた者にはこの説明の仕方が一番分かりやすい。さらに、トピックごとにノーベル賞受賞に至った研究であることに言及し、その意義が分かりやすくなっている。
[今後の予定]
金子邦彦「生命とは何か」、「普遍生物学」
統計物理学の生命現象への応用。たとえば、確率共鳴。
福岡と宮沢の本は読みやすい。彼らが大学での講義経験、それも必ずしも専門分野ではない学生向けの講義をした経験があるからか?